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クソ小説の捌け口

小説 「森田ひかるの黙示録」 Ⅱ

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小説 「森田ひかるの黙示録」 Ⅱ

次の日は、思ったよりも早く起きられた。というよりも、昨日はかなり早く眠りにつけた。家に帰ってからは、お風呂と夕食、そして予定立てる連絡だけで他は何もせずに布団にくるまっていた。ずっと画面と睨めっこしてたからか、目が疲れてたんだと思う。ちなみに、今日行くテーマパークはディズニーとかUSJほど大規模なものじゃないけど、満喫するには十分な敷地と聞いてる。乗り物というか、絶叫マシーンかぁ。まぁその手の娯楽は、待ち時間が楽しかったりするよね。何よりも、アイドルの話をとって置いたわけだし、期待値は相当高まっていた。

親には、私一人で少し外に出ると漠然としたことしか伝えていない。そもそも、外に出ない子だとわかっているから、色々聞き返されたけど、とりあえずは受け流していた。カラオケに発散しに行くだとか、本屋に買いたい本を見に行くだとか。

その割に、しっかりと私服は整えていた。こういう時、イマイチ服に関心がなかったのが響いてしまう。ラフすぎる格好だと、流石に無頓着と思われそうだし、でもガッチリ固められるようなのも用意できない。結局は無難に無地のシャツワンピースに、インパクトの残らない厚めのブーツ。身長が低いものだから、多少は伸ばしていきたいかな、なんて。

不安要素があるとするなら、夜から雨が降ることぐらい。予報では21時以降だし、そんなに問題ではないだろうけど。

予定通り、私は朝の10時に私の最寄り駅から4つ下った、場久須駅というところの改札だった。改札から、西口に出てすぐ見える位置にあるらしい。私は、早めの電車に乗り継いで、15分前にはしっかり到着していた。

「あ、森田さん!」

改札を抜けると、既に到着していた様子の生田さんがいた。私服はかなりシンプルで、そこまで昨日遊んでいた時の雰囲気とは変わらない。

「あ、早いね。待たせちゃった?」

「いや、俺もさっきついたところ。んじゃあ向かいますか」

歩幅が一緒。隣。学校に行く時は、いつも彼の方が少し早くて、右前を歩いていたっけ。それなのに、今日は。

ずっと隣にいるんだ。

「森田さんって絶叫系いけるっけ?」

「うん大丈夫。じゃないと、テーマパークとか行く前に言ってるし」

「あ、そうね。まぁある程度乗り物グライドしてたら、時間も使えるやろうし、今日はせっかくだし楽しむ精神でいこか」

「うん!」

実際、園内に入ってからは緊張は全くしなかった。周りにいる人の話や容姿が見たり聞いたりする程には、自分の心に余裕ができていた。彼との隣に開いている間隔、これは初めてのデートの距離感とはまた違った、絶妙な間合いだった。

「まずはジェットコースターからがええな!」

「いきなり飛ばすね」

「45分待ちやって、おし並ぼか」

下から見上げると、人が喜んだ声でジェットコースターに揺らされ、悲鳴をあげているのがよく耳に入る。少しずつ、列が進み出す中で、昨日言い合えなかった話題を引っ張ることにした。

「あ、そういえばさ。昨日、欅坂好きって言ってたじゃん?生田くんは、いつから好きなの?」

「んー。16年の夏とかだったかな。あの頃からずっとセンターの子推しててね。森田さんは?」

「今泉さんとか尊敬してるかなぁ。てか結構古参なんだね」

「つってもやけどな。まぁでも、日々このグループに救われてるから、本当に好きで良かったっていつも思ってる」

「そっか」

そっか。って呟いた言葉に意図はない。そのあとは好きな楽曲、好きな歌詞、好きな番組のシーン、共通するアイドルのことを楽しく語り合った。ジェットコースターはというと、純粋に叫んでゲラって、乗り終わって顔合わせながらツボに入ったりでよくある光景だと思う。

「コーヒーカップで酔うって、生田くん酔いやす過ぎない?」

「森田さん、メリーゴーランド乗ってる時カメラ向けた時、澄まし顔ヤバかったで。斜に構え過ぎちゃう?」

そう、それは彼と私だけの時間。その後は、もう少しだけ乗り物乗ったり、昼を高い軽食で済ましたり、前に並んでる人が躓くの見て悪い笑いがお互い出たり、あぁそうそう。生田さんと私はお互いツボが浅くて、それも人の揚げ足取りとか、横槍とかで笑うような最悪のツボを持ってる。今言うようなことじゃないけど。

「結構乗り継いで疲れたし、観覧車とか乗る?」

「あ、いいね。そうしよ」

日も少しずつ暮れ、夕焼け時に差し掛かっていた。少し疲れた身体を癒すにはちょうど良いオファーだった。でも、観覧車ばかりは、少し緊張してしまう。

観覧車の待ち時間は、他の乗り物を待つ時間より、やはり口数は少なくなっていた。生田さんも少し緊張しているのかな。いや、単純に喋り過ぎて、話すことも少なくなったからかな。若しくは、疲労が溜まっているのも関係しているのかも。そんなことを考えていたら、もう出番は回ってきた。他の人気アトラクションよりも、待ち時間は短い。回転率と、人気を加味した上で、変な緊迫した空気感もあってか、順番待ちの時間はほぼ0に等しかった。

誘われるように、吸い込まれるように、私たちは観覧車に乗り込んだ。ドアが閉まると、二人だけの空間に一瞬で移り変わる。それは、私の学校という地獄から、抜け出させてくれたあの感覚と少し似ていて、それが形としてしっかり肌で感じられるものだから、余計に変な意識をしてしまう。

私を変えてくれたのは、生田さん。そして、こんな時間に変えてくれたのも。

「森田さん、夢とかってあるの?」

私は瞳孔を開いた。急だったから。少し視線を逸らしながら、、

「え、急にびっくりしちゃった。えーと。そうだね。夢とか、そんな明確なものじゃないけど、漠然とした大きな憧れはあるよ。それは、私の趣味でもあるアイドルになりたいこと。うん、夢とか言い切ることはできないけど」

「凄いなぁ。森田さんはちゃんと自己分析できてそうだし、人様に見られるような仕事でもやってけそうなイメージあるわ」

「生田くんはないの?」

「俺はないかな。夢がある人を見て羨ましがって、結局何もしないような人やし。自分が置かれた環境のせいにして、大体のことを見過ごしていくからな」



少しだけ変な間が開き、彼が再度語りかける。



「あぁごめん。俺から振っといて、別にオチとかないから。今日はこれ乗ったら帰ろっか」

「ううん、大丈夫。そうだね、私も今日は凄く楽しかったし満足してる」

「これで、森田さんが楽しくなかったって思ってたら残念だったから、森田さんの口から楽しかったって聞けて安心した。来てて良かったわ」

「ほぼ任せっきりで来たんだし、全力で遊ぼうとしてたし、久しぶりに外で友達と...」

なぜかその後の言葉が続かなかった。どうしてだろう、目と目が合ってしまって、喉の奥が塞がってしまった。どうしよう、なんて言おうとしたっけ。

「久しぶりに出たから?何?」

「あ、いやそのあれ。あんま人と遊ぶ機会が少なかったから、貴重で大事にしないとなって」

観覧車が一番高いところに到達しようとしている。それと同時に、なぜか私の緊張感も最大限上がりきっていた。

「あ!せっかくやしさ!」

彼が何か閃いたような顔で私を見つめて来ると、

「呼び方とか変える?」

「あー、そうだね。そういえば苗字呼びだったもんね」

どうしよう、もう脊髄で会話している。それは、受け流すような反射的なものじゃなくて、脳の処理能力が停止しているような。

「俺はじゃあ、ごうとかで大丈夫。そっちは?」

「私は、下の名前で呼ばれることが多いかな」

「んじゃ、ひかる?で」

彼は少し照れ笑いをしながら、私の名前を小声で呟いた。そうか、私も。

「じゃあ、ごう...で」

「うん」

ごめん、私のせいで気まずくなっちゃった。こういうの苦手なんですよ。所謂青春というものを全く知らなくて、世間様を冷めた目で見て、今をときめく物を蔑むような心を持ったり、どうも斜めに構えがちな私は、こんなベタな会話したくない、するはずもないと思ってたからムードとか作れない。そんな嫌な感触の反面、嬉しさが交わったまま、観覧車を降りた。

一緒に歩く歩幅は同じ、間に生まれている距離感も同じ、なのに行きの時とは全く別物の何かが生じている。嫌だ、あんなに緊張も何もなかったのに。夢の話をしてから、どこか胸騒ぎがする。これは、あの教室にいた時にも似たような何かだった。

私たちは、少しだけつまらないお土産を買った後に、帰路を歩いていた。朝来た時と見え方が違う。そんな薄ぼんやりとした情景が目に入ってきたと思えば、視界をぼやけさせるように、空から雨粒が降り注いで来た。

「あれ、予報では21時以降とか書いててんけどな。今まだ20時よな」

「あ、私折りたたみ傘あるよ」

私はバックに詰め込んでいた折り畳み傘を取り出した。

「最寄りまで3分程度やし、俺は大丈夫」

「いや、いいよ。というか、あの時貸してくれたから。せっかくだしその分返したいから。使って」




「じゃあ二人で入るかもう、面倒やし」

「え?」

ごうは、私の降りたたみ傘をおもむろに広げ、傘半分、いや少し余分な間を開けて入るように促してきた。しかも、私が買ったものだから、少しサイズ感が小さい。いえば折り畳みなんだから、特に狭いのに。

私は、彼の横に静かに入り込んだ。

ダメだ。胸の鼓動こんなに昂まるものなん。きっと彼にも聞こえてしまっとる、このザワつき。ソワソワしてしまっている、落ち着かなさを取り繕うとするよりも、、、

歩く度に揺れて肩が少しぶつかる。私服の匂いとか、体温とかも少しわかってしまうほど。雨音が強まってほしいと思うのは、私の胸の鼓動を打ち消してと願うから。

こんなにも長い3分なんてない。早く最寄り駅についてほしい。いつものノリで冗談を言えばいいんだ。そう思い、彼の方を向くと、同じタイミングで振り向いた。

行きはもっと賑やかだった。明るく、鮮明にまわりが見えるほどに。でも今は人気がまるでない。雨音は徐々に強まり、傘じゃ覆えないほどの雨が打ち立てる。足元が少し冷たい、だけど私の心情の熱は、一向に冷めない。

お互い足を止めた。もう今更、手遅れかも。そんな関係を持つなんて。

鈴の音が響くような、蒼い月あかりが雲の隙間から差し込んでいる。中路を渡る風が、頬の火照りを醒ますまではこのままで。

安らぎの、よすがに身を預けて震えている。

この状況、冗談を言いたいけれど。ロマンティック過ぎて何も浮かばない。

「ひかる?どした?」

「ううん、何も。雨が強くなってきたね。早く帰ろっか」



目の前を遮るスコールを断ち、曇らせる視界に乗じて、私は言葉を濁した。

「今日はありがとう。あ、昨日も」

彼はそう言うと、渡した折り畳み傘を返してきた。

「こちらこそありがと」

「うん。あ、そういえば夢の話やけど、坂道合同オーディションとかやるみたいやで」

「そう、だったっけ。また確認しとく」

この後は、とてもじゃないけど疲れが酷く、電車も人が多くて喋ることなく、お互い眠っていた。電車の取っ手にもたれながら眠ってはいたけれど、ふと目を覚めた。振り向き、外を眺めるとまだ雨は降りしきり、窓ガラスを打ち立てていた。月は姿を隠している。

「合同オーディション、か」

私はため息のように、独り言を吐き、家の最寄り駅で降りた。あ、彼と別れの挨拶はしたよ。結構あっさりとね。

楽しかった。だけの感情を持ち帰ってくる予定だったのに。どこか寂しく、重たいものが胸の片隅に残っている。帰り道、私は折り畳みを広げ、隣に彼が居た時と同じように、傘の向け方と、歩幅を取って歩いていた。水溜まりに反射する私。淡く脆く、漠然とシルエットのように映し出されているその姿は、まるで私の心の歪みを描いているようだった。

いつだって、反射している。反発し合っている。スクリーンのように輪郭が浮かび上がる自分のことが。

私は、大嫌いだ。


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「保乃さん、坂道合同オーディション申し込んだんですよね!!!」

「CMも見ましたよ!大々的に放送してますよね!」

6月中旬、俺がいつもの帰り道とは逆の通路を歩いていた時のことだった。そこには、雪城が尊敬していると言われる、田村保乃が多くの三ツ坂バレー部員に囲われ、何やらお立てられている。

「受かるかどうかは自分次第やし、運も必要やと思うから、本気で頑張るわな!」

何かしら捲し立てているが、夢を追う人は本当に綺麗だな。ひかるにしろ、雪城にしろ、田村さんって人にしろ。

「あ、愛華ちゃんのお友達さん?」

田村さんがこっちに駆け寄るや否や、俺に向かってそう尋ねてきた。

「あ、はいそうです」

「前な、愛華ちゃんが生田って友達と話して相談とかしてあげてほしいって言われたんです。やけど私は別に人生相談とか向いてへんし、寧ろ相談したい側の人間ですから」

「いや別に大丈夫です、全然相談とかあんま知らない人にしてもしゃーないですし。てか、相談したい側ってそうなんですね。なんか、順風満帆そうに見えるというか、夢もしっかり持ってて関心してばっかで」

「いや、そうでもないですよ。坂道合同オーディションも、実は4月の全国7会場で行われたセミナーで、メンバーの方と会えるっていうので参加したのも理由の一つでした。少し、不純な動機だと、振り返ってみると思いますね」

意外だった。もっと明確で、はっきりとした未来像を描いているもんだと思ってたから、つい反芻してしまう。

「春の時点では、遊び半分ってところも否めなかったんですよ。やけど、自分のやりたいこととか、目指すものを考えているうちに、本気で向き合うことなのかなって、この二ヶ月間で、変わっていきました」

田村さんは、肩に下げるバックから、一枚の手紙を取り出し、

「決心のきっかけなんて、いつどこで変わるかわからない。そして、知らぬ間に自分の中で答えが出ている場合もある。そんなことを、最近よく思うんです」

決心の、きっかけか。

「あ、ごめんなさい。一人でずっと喋ってしまって。生田さんとはお初だというのに、勝手にすいません」

「いや、大丈夫です。頑張ってください、アイドルになる夢」

「はい!愛華ちゃんにも、よろしくと伝えてくださるとうれしいです」

俺が頷くと、彼女は何かを思い出したかのようにこの場を立ち去った。ほんの少し言葉を交わしただけだったが、思ったよりもアドバイスというか、最近自分が探そうとしてた答えのヒントをくれたような気はする。俺には明確な夢はない、だから他の人の夢を応援し、それを自分の夢のように抱こうとする。その対象は、いつもアイドルだったけど。

「森田さん、オーディションどうすんだろ」

自分にすら聞こえないほどの小声で呟いた、気がする。なんか最近はいろんな気がしてばっかだな。自分を見失うのもそう遠くない気が、、ほらまたしてやがる。

6月某日、あの遊んだ日以来、ひかるとは妙な距離感ができたわけでも、いつも以上に仲良くなったわけでもなく、学校内では変わらず勉学に励む片隅で話したり、帰り道で愚痴を吐いたり、大きく変化があるわけでもなかった。

6限目が終わり、帰りの支度をしていた時、後ろから歩いてひかるが通り過ぎるや否や、ボソッと俺に向かってつぶやく。

「あのさ、前に言ってた合同オーディションあるって話あったじゃん。興味半分で応募してみた。書類選考だし、かなり盛り上がってるって聞くし、自分もぼんやりしながらも夢であることだったから、一応。一応ね」

「お、めっちゃええやん。でも受かったら学校とかどうすんの?関東住みになるやろうし」

「正直、そこまで考えてない。ダメ元だし、とりあえずやってみようぐらいの気持ちで応募してみただけだから」

「ほえー。でもやるからには頑張ってな。通ったら教えてな」

しかし、みんなして俺の周りは夢に向かって何かしらの行動を起こしてるな。アイドル追ってるのを理由に夢なんてもんは持ってないけど、ひかるが受かったら、、

「ねぇ、もし、、いや本当にもしものことで、私が受かってしまったらさ」

「はーーーーい、みなさん帰りの準備はできましたかー??」

ひかるの台詞は担任に遮られ、結局その後も聞けず終いだった。私が受かったら...なんだって言うんだ。俺はアイドルになろうと決めたひかるの決断を尊重して、送り出したいとは思っているけど。

やっぱり、リアルの夢ってやつを考えるのは苦手だ。自分はいつでもそうやって生きてきたわけだし。やる気が出なければやらない、好きなことだけやる。という言葉をいいように捉えてわがままにアイドルに夢を預けるからだ。

7月に入っても、その言葉の続きを俺はまだ知らない。きっと、これからも知ることはないだろうとわかりながらも、そのつっかえは少々厄介なもので、脳裏に焼き付いては離れない面倒なもので。こんな小さいこと気にしてちゃ、これからの大きな悩み事とか考える脳のリソースが足りなくなっちまうよ。


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「それでは、夏休みの期間も羽目は外しすぎないように!」

担任が願ってもないようなことを言っているけど、私たちは明日から夏休み。特段やることもないし、家でひっそりと宿題を終わらせながらのんびりするはずだった。

「読書感想文、どうしようかなぁ」

ついため息のように呟いたけど、いつも夏休みの読書感想文はワクワクする。課題がある文庫から決めるだけでなく、自分で自由に決められるタイトルもあるから、毎年どれにしてどんな作品にしようかと考える。

あの二日以来、私と彼の仲は、実はあんまり変わっていない。それは彼も同じことを思っていそうだけど。学校の中ではいつも通り喋っていたし、夏休み前の今日ですらも、窓際から見る外の景色は同じ。変わらない日常は、惰性的でつまらないものに思うけど、じゃあ違う景色を見たいとか、異なった感情を見つけたいとか、刺激がある方がいいとか、そんなことも思わない。

「夏休みはなんか予定というか、これしたいあれがしたいとかってあるん?」

ホームルームの後、帰りの支度をしながら、彼が軽い気持ちで聞いてきた。

「うーん、今のところは何もないかなー」

「そう、俺もこれといって決めてないけど、まぁなんでも休みっていいよなぁ」

「だらけちゃうけどね。でも、オーディションが通ったら、それでやること増えるかもしれないけども」

坂道合同オーディション、私は「アイドルになるのが夢」とは言い張ってるけど、本心はどうだろう。

特段、言うこともなかったから、二人でいつもの通学路を歩いていた。

あれ、今日帰ったら夏休みなんだ。そんなことを想うと、つい次の言葉が続いてしまった。

「あ、夏休みになるとちょっとの間、あれだね」

なのに、この後の言葉はどうせついてこない。

「あれって?」

「なんだっけ、忘れちゃったしもういいや」

ちょっとの間、会えなくなるよね。の一言すら言えんやった。相手だって気づいてるかもしれないのに、お互いよそよそしくて、弱気だから伝えることができない。

この毎日に慣れてしまったせいで、なんか妙に寂しい気持ちになる。イマイチ、彼に対して抱いている感情がどういうものなのか、自分でもわかっていない。でも寂しさをそっと埋めてくれたのは、迷いのない彼の瞳だった。

「じゃ、また来学期で!」

「あぁ、うん。またね」

じゃあねって、あなたから言われたら黙って頷くだけ。来学期って、一ヶ月以上も会えないのに、意外とさっぱりしてる。いやでも、所詮は席が隣のクラスメイト。だけど、私にとっては大切な友人だと思ってる。彼がどうとかは知らないけど。

実際、夏休みはくだらない日々の連続だった。貸された宿題を捌いたり、家事を手伝ったり、明け方までスマホで動画を見て朝まで起きたり、一言でいえば惰性的な日々だった。

7月某日、私は読書感想文を何にしようか、近くの図書館で吟味していた。図書館の雰囲気が私は好きで、喧騒が一切なくて、物静かさの中で各々が読書を愉しんでいる。今回は、どうも決まりが悪く、煮詰まってきたタイミングで、一通のメールが届いた。

それは、驚くべき内容だった。

「え、書類審査通過?」

独り言が出てしまうほどのものだった。次の二次審査が追加で増えたらしく、一番近い会場では、大阪で行われるという。いや、私が通った?そんな、待って。

読書感想文どころじゃなかった、次の審査までそんなに期間がない。最終までいったら...関東まで行かなくちゃいけない。親にも、彼にも、言わないといけない。待って、どうしよう。

「ひかる、おかえり。お気に入りの本、見つかった?あれ、何も持って帰ってきてないようだけど」

「うん、今日は全然見つからなかった」

「珍しいね、ひかるはいつもスパッと決めてくるタイプやけん、買って帰ってくるって思ってた」

「また次に見つけるよ」

一点だけを見つめてしまう、食事が喉を通らない。自分の部屋に戻ると、ベッドの上で天井を見合えげては、オーディションのことしか頭を巡らない。日を跨いでからも、審査通過メールを見返しては、夢じゃないかと思って目を瞑る。それでも、頭が冴えたままで眠れない。やがて空は明るみ出し、鳥は鳴いて、人は誰も目を覚ます。どんな甘い夢も消えて、現実の歯車が動く。朝日が眩しく思える。

あの審査通知が来た日から、私は毎日、外を出歩くことにした。目的はなくても、歩を進めることにした。理由は、自分の答えを見つけるためだった。ヒントは多く、転がっているかもしれない。本当にアイドルになる夢を、純真のまま追えているのか、彼への想いはどういうものなのか、私は今何をしたいのか。ここで不平不満を言って、立ち止まってても仕方ない。歩めば、走れば、前を向けば、怯まず、疑わず、どこまでも駆け上がれば。

二次審査は大阪会場で、カメラに向かって自己PR、ダンスといった項目だった。毎日外を出歩いていたものだったから、親には疑われず二次審査に挑むことができた。ただ、これを通過してしまうと、流石に隠すこともできなくなってしまう。私は、適当に準備した自己PRをまとめ、とりあえずは当たり障りなくこなすことができた。周りの子を見ていると、確かに雰囲気が違う。アイドルになることしか考えていなさそうな子もいれば、特定のグループに入りたいと欲を見せる子もいた。

まとまった結果は出したつもりだけど、今回で終わりかな。まぁそれならそれだし、別にいいと思ってる。せっかくの夏休みなのに、慌ただしい。宿題も全く手につかないし、何かやろうと別のことをしようにも、オーディションのことが頭を過る。いや、きっとそれだけじゃない。この数日間、外を歩いていてわかったことが二つある。

一つは、外を出歩くのも悪くなってこと。空気の入れ替えにはちょうど良いし、時間をうまく使えた気がいて謎の優越感がある。後一つは、オーディションのことだけでこんな考え込んでいるんじゃない、ごうがいるから、このアイドルという夢との葛藤がより深刻になっているのだと。頭ではわかっていたけど、こうして出歩いて、整理させられたのは、それだけでも価値ある歩だったと、自分でそう言い聞かせている。

とある夏休みの日、この日だけは外に出ることなく、家でだらけていた。何を思ったか夕方にベッドに入り、久しぶりに彼とのLINEを開いた。もっと早めに言えば良かったのに。まぁまだ取り返しはつく段階。

『久しぶりー。実は、坂道オーディションの書類審査通っちゃって、この前二次審査終えたところ。結構微妙な感じだったから、厳しいかもだけど笑』

こんなところかな。寝返りを打っていると、数分後には連絡が返ったきて、

『おーすごいじゃん。倍率も高いって聞くし、せっかくのチャンスやし受かるとええな』

私は、いつも彼と夢の話をする時、なんて返事を求めているのか自分でもわからないことが多い。観覧車で黙った時も、教室でオーディションを受けると告げた日も、今のこのLINEも。どういう言葉をかけて欲しいんだろう、なんて言って欲しいんだろう。

『うん、とりあえずは、、』

文章を打ち込んでいる途中に、LINEではない通知オンが鳴った。どうやらメールのようで。気軽に開いて飛び込んできた文字列は、



坂道合同オーディションの二次審査の通過連絡だった。


私は寝転んでる身体を起こし、何かの間違いじゃないかと目を擦った。ほっぺもつねった。でも現実だった、夢じゃない。メール本文には、最終審査の日程、場所などが記載されている。

『まぁ、また続報あったら連絡してー』

彼からそう連絡が届いていたが、どう返せばいいだろう。誰かに共有しないと落ち着かない。私は基本的に抱え込んで、なんとか処理していくタイプの人間だけど、今回はそうもいかない。そう思った時には、、

『あのさ、今日お話とかできない?』

彼はあっさり承諾してくれた。夜に直接話で伝えることにした。最終審査ともなると、流石に親にも言わないといけない。バイトしてないからお金もないし、何より一人で関東まで足を伸ばしたこともないから、不安も募る。何を持っていけばいいとか、何を準備していけばいいとか、何を審査でPRするかとか、周りにどんな子がいるんだろうとか、もうそういう次元の話じゃなくて。純粋に怖い、これから先がどうなるかわからないから、怖かった。

その夜、ソワソワしたまま夕食をさらい、自室に戻った。急に通話したいなんて言い出しちゃったけど、相手にも何か察しつかれてそうだな。それならそれでいい、どうかこのつっかえたものを今日は取っ払っておかないと、眠ろうにも眠れない。

私は彼に話せるか確認した後、通話ボタンをタップした。

実際に話すより、通話って緊張する。相手先の顔は見えないし、何を思っているかも判断しづらい。だけど今は、それどころじゃなくて、

「あ、ひかる?どもー」

「あー、うん。ごめん付き合わせちゃって」

ちょっとだけ私は、雪解けするよう、事前にゲームのはなしを一つや二つ考えて望んでいた。導入はなんとなく綺麗に進められたし、話もそれなりに弾んだ。あとは、最終審査のことを伝えるだけ...

「あのさ、話変わるんだけどさ。実はね、今日の夕方LINEでこの前二次通ったって言ってたじゃん、その後にメールでね、あのーあれ」

「ん?」



「二次審査、通ったんだってさ」


「えぇすごい!!!おめでとう!!っていうのはまだ早い?いやいや凄いじゃん!本当にアイドルになれるんじゃない?」

私と同じぐらい、いやそれ以上に、私よりも喜んでくれた。だけど、どうも消化し切らないこの感情の数々。心の機微、薄々気づいている。だって私は、、

「ここまで来たからには、本当にひかるがアイドルになること全力で応援するから。最終審査も張り切ってな!」

「うん、そうだね。なんとかやってみる」

私は完璧主義、無駄を淘汰して、できるものは修正して、いつでも綺麗にしてしまいたいタイプ。何か腑に落ちないことがあっても「まぁ、いいか」という魔法の言葉で忘れてしまうことだって選択肢の一つとしてある。なのに、最近は大体のことをほったらかして、二つの感情に揺らされている日々。私らしくない、そう感じる毎日が嫌だった。

アイドルになりたいのか、

彼と一緒に居たいのか、

この決断が、できていないから、こうして今日も心を騙して布団に潜る。まだ心に多少の猶予があるのは、最終審査が通っていないからだけど、もしも本当に通ってしまったら。

最終審査は8月19日。その日までの私の行いはというと、多くの緊張感を抱えたまま、耐え難い変わらぬ毎日に苦しんでいた。親にアイドルのオーディションのことを言うと、こっぴどく怒られた。でも、私だって関西に両親の用事で連れてこられたんだと反発してしまい、少し家族の間は冷え込む食卓が続いた。そりゃ受かったら上京するのが普通だし、一人暮らしともなると心配になる気持ちも理解できる。夏休み期間とはいえ、宿題なんて一切触れることができなかった。状況は変わったのに、生活に変化はない。惰性的なこの世界が一変、ついていけないほどのスピードに感じる。

家族が考え直してと言ってきたのも、彼が私の夢を応援してくれたのも、言葉の多くが邪魔をしてしまう。まるで呪いのように、私を縛り付ける。こうしている間にも、私以外の応募者は夢に向かって、ひたむきに進んでいるに違いない。億劫に感じる、仲間とか、家族とか、優しさとか、厳しさとか、うざったい。余計なものが、ここには多すぎる。

結局私は、親を押し切って最終審査を受けることになった。

「ここまで来たからには、ひかるがアイドルになることを全力で応援するから」

彼の想いに報いることができるのならば私は、、

“必ず受かって、帰ってくる“

そう心に決めて、未開の地へ足を踏み入れた。


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